樺細工工芸家 小笠原豊さん

樺細工工芸家 小笠原豊さん

秋田県北秋田市の鎌沢(旧合川町)発祥の伝統工芸「樺細工」。現在、県北の樺細工工房は、大館市の小笠原樺工房のみとなっている。

5代目小笠原豊氏は、父である4代目から樺細工の伝統技を継承し、工房に代々伝わる接ぎ目の無い独自の「抜き樺」の製法を改善・発展させてきた。

伝統的な茶道具や盆のほか名刺入れやアクセサリーなどの意匠を凝らした作品も手がけている小笠原氏に、工芸家としての道のりや作品づくりに対する情熱や今後の課題について語ってもらった。

樺細工工芸家 小笠原豊さん

ーー 作家インタビュー ーー

樺細工の工芸家になるまでの軌跡を教えてください。

「子供の頃から樺細工を作るという身近な環境にありましたが、40年ぐらい前までは樺細工を作る職人がたくさんいたので、家業を継ぐという考えはなかったです。
埼玉の大学を卒業して東京のソフトウエア会社に勤務したものの、体調を壊してしまったので、30代後半に地元に戻ったんです。

樺細工職人というのは、高校を卒業したらすぐに師匠につくなどして、若い頃から修行を積み重ねないと熟練が難しい世界です。そのため、30代後半に帰郷してから一人前の職人になれるとは思えませんでした。

職人に目覚めたのは秋田県の工芸家協会の公募展で受賞をしてからです。40歳でした。受賞がきっかけで協会の工芸家の方々と交流するようになると、だんだんと『やっていけるかな』と思えるようになったんです」

 樺細工の職人として生きていくと決めたのはいつごろですか。

「樺細工の職人がだんだん少なくなり、ある時から自分一人になったときです。言葉を換えると『最後の一人』になってからですね」

 作品を作る上でモットーにしているのは「心意気」

 職人になる前の経験で、樺細工作りにプラスになったことを教えてください。

「大学進学のために上京してから、東京で様々な職業に就きました。新聞配達、家庭教師、塾の講師、印刷所の版下作り、ソフトウエア会社でソフトウエア作り…振り返ってみると職人という生き方にプラスになりましたね。

 大学在学中の新聞配達のバイトでは、4年間で1000人以上の家庭に配達していましたから、世の中には実に多種多様な人間がいることを肌で感じました。

 またソフトウエア会社では、2000年問題に関して、新人と経験豊富な先輩たちとの視点がまるで違っていたのが面白かった。素人が言うことにも耳を傾けようと思うようになり、モノづくりをする上で大いに役に立ちました」

 モノづくりの土台になることを経験したのですね。作品を作る上でモットーにしていることは何ですか。

「良いものを作りたいというのはいつも根底にあります。注文を受けると、喜ばれるものを作りたいというクオリティーを大事にしながら、依頼してくれたお客さんが望むもの以上のものを作りたいという心意気で取り組んでいます」

 人気の作品はなんでしょうか。

「まず名刺入れです。お客さんからオーダーがあって作るものですが、ある時に逆さにしても落ちないものを開発したらとても喜ばれました。

 また代々続いているのが抜樺の茶筒です。それからオブジェのような花瓶も人気ですね。様々な形で大きさの違う桜の皮をランダムに貼り合わせて、内側に練り樺を丁寧に入れ込んでいきます」

 手がかかっていますね。

「大館の曲げわっぱよりもとても手が込んでいると思います。本当は技術に見合う仕事の対価として高値がつくはずですが、高いと売れないため、そこそこの価格でしか販売できないんです。利益を上げられないから、樺細工の職人がどんどん減少していったのだと思いますね。利益をアップすることを諦めた私は『生きていければよい』という心境です」

魅力ある工芸品は、魅力ある作家から生まれる

ところで、魅力ある工芸品を作る上で大切なことは何でしょうか。

「作品は作家の内面が形に現れているという側面もあると思います。その人の見えない気持ちがまさに表情として見えるように…。

 また作家は心を込めて作品をつくります。作品はいわば作家の分身のようなもの。子供のような存在だと考えています。 

そのため、作家が体験を通して様々な事を感じ、成長したことが作品にも反映されて欲しいと願っています。作家自身が魅力的な人間になることが出来れば、作品にもそのぶん魅力が備わると。願望も込めてね」

 次世代を育成することや後継者問題にはどのように臨んでいますか。

「合川町の公民館で5年間の講座をスタートしています。生徒は16人です。60代から80代。60代が一番多くて。50代が一人です。

 40代の担当職員がセンスがあるので、退職してからでも携わってくれたら嬉しいです。他に樺細工のサークルがあって、そこからも若い人が輩出してくれたらいいのですが…。すぐに結果を出すのは難しいです」

 「職人としての生業ができなくても、趣味の延長として残っていくことが増えて行ってくれればと思います。副業もありでしょう。どういう形であっても、樺細工が継承され、残っていくことが大事です

 また社会福祉法人の要望に応えて、週三回、樺細工の講座を設けています。受講生は樺細工発祥の子孫で、私よりも年上の64歳。若い職員にもどんどん引き継いでいけたらいいと思っています」

 最後に樺細工がもっと多くの人の手に取ってもらうために必要なことを教えてください。

「樺細工の価値がもっと正しく理解されてもらいたいです。

 外国人が日本の工芸品について価値を見出し、人気が高まることによって、日本に逆輸入されるようになる。すると日本の工芸品が再評価され、活気づいていく、とかね。

 何にせよ、職人が精魂込めた作品や商品にもっと光が当たるようになるといいですね」

(TEXT:夏目かをる) 

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