秋田音頭の一節にもある「大館曲げわっぱ」。日本各地には「曲物」と呼ばれるさまざまな工芸品があるが、国の伝統的工芸品の指定を受けたのは大館曲げわっぱだけである。
発祥は1300年ほど前で、17世紀の初め、大館城主佐竹西家が窮乏を打開するため、領内の豊富な森林資源を利用した曲げわっぱの制作を奨励。下級武士の副業となった。
曲げわっぱの魅力は、秋田杉による美しい木目とほんのり感じる木の香りだ。また秋田杉は吸湿性が高く、夏は多湿を吸い込み、乾燥する冬は水分を出し続けるため、ご飯を詰めてから時間が経ってもふっくらと柔らかく、また杉の殺菌効果によって、腐りにくいという利点がある。そのためお弁当やおひつ、食器などに重宝されている。
曲げわっぱは、煮沸し柔らかくした秋田杉材を、型に合わせて曲げていく。手の感覚が重要な作業のため、熱くとも手の感覚で行わなければならないという過酷な工程も含まれる。
男性中心の業界に新風が吹いたのは、女性として初めて独立開業した仲澤恵梨さんが登場してからだ。2022年5月28日に大館市に「曲げわっぱ工房E08(いーわっぱ)」をオープンした仲澤さんに、女性の感性を生かした作品づくりや男社会で認められる方法、後継者問題に言及した。
伝統工芸士の試験に合格してから、一人前と認められる
ーー 作家インタビュー ーー
曲げわっぱに魅せられて、工房を立ち上げるまでの道のりを教えてください。
「大館市出身の私は、高校に在学中に「将来はもの作りの仕事に就きたい」と思い、短大の住居環境科に進学しました。木工実習のときに、ふと中学の時に一目ぼれをした曲げわっぱのことを思い出して、作ってみたくなったんです。それは小物入れで、小さくて、可愛くて、まるで宝物のようでした。当時は好きなアーティストの写真を入れていましたね。今は名刺入れにしています。
卒業すると迷うことなく、柴田慶信商店に弟子入りをしようと思いましたが、「他の工房も見たほうが良い」と断られました。でもどうしても柴田商店で修業をしたくて、再度頼み込んで、やっと弟子入りを許してもらったんです」
柴田慶信商店にこだわったのはなぜですか?
「他社にない魅力がたくさんあったからです。まずフォルムの美しさ、手触りの良さや質感、手になじむ形に加工していることなどです。
またほとんどの工房の工程が流れ作業のため、やることが限られていますが、柴田慶信商店は全工程を手分けして制作しています。全部覚えたいという気持ちでいっぱいでした」
柴田慶信商店時代のことを教えてください。
「職人の世界は厳しくて、毎日のように叱られていました。掃除の仕方から何から何まで。5年目になってから『工程を一から作りたい』と自分の仕事以外の時間に作ることを申し出て、了承をしてもらってから、すべてが新鮮でした。難しいことも実際にやってみてこそわかるものです。実際に自分で作ったものを師匠に見てもらうようになってから、少しずつ仕事が増えていきました。そこから叱られることが亡くなりました。
12年目に伝統工芸士の試験に合格してからさらに、曲げわっぱに対する覚悟が認められたからだと思います。
それからはさらに任される仕事が増えて、気がつくと工場長になっていました」
独立を意識するようになったのはいつからですか。
「入社当時から、いつか独立しようと思っていました。きっかけは催事場の仕事で地方に出向いて、お客さんと会話しているうちに、「あなたはどんなものを作っているの?」と尋ねられて、自分自身の曲げわっぱを作ってみたくなったんです。入社してから約20年後に独立しました。師匠から辞められると困るといわれましたが、どうしても自分の気持ちを貫き通したかったんです」
工房開業。こだわりは既成概念を取っ払った感性あふれるアクセサリーや小物制作
自分の工房を作るにあたってのこだわりやビジョンは何ですか。
「素材は樹齢150年以上の天然杉のみです。塗料を使わず、カンナ掛けだけの白木と呼ばれる製法で、仕上げたときの質感にこだわっています。手によく馴染むと言われますね。
手をかけてこそ美しい工芸品になりますので、加工の技が決め手となります。曲げものと綴じ目には、山桜の皮(樺)が用いられ、これまで以上にフォルムが丸く、柔らかいため「可愛い」と称されています。
開業にあたって、今までにないものを作っていき、それを発信したいと思いました。例えばアクセサリーや小物を充実させていきたいですね。手の取りやすい値段で、お土産になるような作品を作っていきたいです」
既にそのビジョンを実現させていますね。
「デパートでの展示販売など業者の方からお声を掻けていただき参加しています。展示販売会でお客様と直接話す機会があるので、ニーズをキャッチして、作品づくりに生かしていますね。「見たことがない」「可愛い」と称されると、嬉しいです。
また大館駅がリニューアルしてからスペースをいただくことになりました。秋田空港にもおいてもらっています。
工房は大館市の中心から離れた場所にありますが年に2~3回のワークショップはおかげさまで満席です。関西など遠方の方からの申し込みもあります。年代は20代から70代と幅広いです」
後継者問題にはどのように対応していますか。
「うちの31歳の女性スタッフは、柴田商店から私についてきてくれました。彼女は私以上に繊細な感性を持っています。まずは彼女の長所をしっかりサポートして、成長してもらいたいですね。
次世代に繋げていくためには、これまで常識とされてきた上下関係や男性目線でのものの考え方から飛躍して、横のつながりを大事にしながら、「言葉で教えていく」という姿勢が必要だと思います。職人の世界の伝承法は「見て覚える」でしたが、これからは次世代が成長するための伝え方を考察することが大事ではないでしょうか。
継承者を探すことも大事ですが、伝え続けるやり方も時代に応じて臨機応変に対応したいですね」
(TEXT:夏目かをる)