杢目銅(もくめがね) 千貝弘さん

杢目銅(もくめがね) 千貝弘さん

秋田県には、秋田発祥の数多くの工芸品がある。その一つである杢目銅(もくめがね)は江戸時代の初め、佐竹藩のお抱えの鍔師(つばし=刀職人)の正阿弥伝兵衛(しょうあみでんべい)が生み出した技法だ。

杢目銅の誕生は、秋田県にある阿仁鉱山や院内銀山などがかつて多くの銅を産出したことと関係が深い。金、銀、銅を用いた武具や装飾品が数多く作られ、高い技術の金工技術が息づくのは、秋田県という土地の恩恵といえる。

秋田県が誇る伝統工芸、杢目銅のその技術の難しさはトップレベルといわれている。今年で80歳になる金属工芸家の千貝さんは現代的な要素を加えて花器や水滴(書道用の水指し)も作り出す。秋田の伝統技法が消えてなくなるものかという思いも強い。

これまでの歩みと杢目銅を生み出す上でのあくなき努力、後継者問題などをお聞きした。

杢目銅(もくめがね) 千貝弘さん
ーー 作家インタビュー ーー

技術の継承が途切れてしまった杢目銅と、千貝さんが出会うまでの道のりを教えてください。

「五城目の中学を卒業してから工務店のようなところで丁稚奉公をしていました。ストーブやえんとつなどを作り、また『もの作りの会』に入って、志を同じくする仲間と交流していました。父親が木工職人のせいか、職人という仕事をすんなりと受け入れられたのでしょう。

その後、ステンレスの流しや玄関の自動ドアの枠など建築関係の金物の仕事をして、32歳で独立しました。秋田発祥の金物工芸である杢目銅の工程を知っている人がいないとわかると、それを再現したいと思って、35歳ぐらいからチャレンジして、10年かかって試行錯誤を繰り返しの後に、やっと完成しました」

 千貝さんの杢目銅の工程を教えてください。

「銀、銅、銀、黒見(銅)、銀を交互に重ね合わせた25枚を炉の中に入れ、熱を加えて貼り合わせてから、一つの塊にします。目視によって癒着を確認してから炉から取り出してハンマーで叩くと材料が硬くなります。厚さが4ミリになるまで叩き、叩いて伸ばすと溝ができます。それを削ると模様ができあがり、削り方や磨き方によって模様が変化し、それをさらにまたハンマーで叩くと、複雑な模様になっていきます。溝がなくなるまで叩くと、柔らかくなるので、思い描いた形にしていき、色づけして完成です」

 杢目銅の名前の由来は、模様が木目のように見えるからとのこと。美しい模様が人気の一つと聞いていますね。

 「模様の美しさは表面を削ったり、叩いたり、磨いたりすることによって出来上がっていくといえますね」

 工程の中で一番難しいこと、また面白いことは何でしょう。

「温度が一番難しいですね。融点が異なる金属を接合させるのはとても難儀で、目分量で測っていますが、タイミングが遅くても早くても駄目。タイミングを逃すと剥離してしまいます。過去に何度も失敗しました。

面白いところは温度や削り方、磨き方で色合いが変わるので、作るたびに違います。

あとも少しで仕上げという段階で剥離が見つかってダメになってしまってがっくりきたり。一方『こうなったか』という驚きの出来栄えもあれば、予想以上に良く出来上がって『やったー!』と嬉しくなる。その連続です」。

 失敗があるとますます「今度こそ!」という闘志のようなものが沸き上がるのは、職人気質の賜物と言っていいでしょう。転機となったのはいつ頃ですか。

 50代後半で、伝統工芸展で入選したことですね。自分が作ったものを評価してくれると、自分の現在の位置が分かってきます。だから応募も大事なことだと思っています」。

 作品を作るうえで苦労をしていることは何ですか。

 「毎日苦労しています。満足できなくて、もっといい模様ができないかとそのことでいっぱいです。おそらく死ぬまで苦労の連続でしょう。

また私は工芸家ではなく、職人です。色々な賞をいただいていますが、あくまでも職人だと思っています。一生職人として秋田が誇る杢目銅を作り続け、杢目銅を後世に残したい、継承者を育てたいと思っています」

 後継者問題に取り組んでいることは何でしょう。

 「毎週土曜日に工房を公開しています。興味を持ってくれる人が一人でも多くいてもらいたいですね。

いま工房の仲間は67人ほどで、そのうち50代の人は独立して杢目銅を制作しています。他に60代が3人、70代が一人。3040代で興味を持ってくれる人もちらほらいます。

この仕事は好きで1.2年やったからといって、すぐにご飯が食べていけるとは言えないので、まずは趣味でもいいから続けてもらいたいです」

 今年で80歳。長寿で作り続ける秘訣がありましたら、教えてください。

 「私は5年前がんを患いました。脳梗塞も心筋梗塞もやっています。やり続けるものがあるから、今日があるのだと思っています」

 

                         (TEXT・夏目かをる)

 

ブログに戻る